浅草そぞろ歩き


2006年5月9日



5月7日に親戚の結婚式があったこともあり、2006年の連休は4月29日から5月7日までの9連休となった。私がおとうさんの会社に居候を決め込んで以来の超ロング休暇だ。この機会に旅に出よう……と誰も思わないところは、12匹の猫たちと暮す我が家ならでは。旅に出なくとも、お楽しみはたくさんある。ここ数年は、もっぱら都内のランチ食べ歩き。今回も、浅草の老舗のすき焼きから始まった。
実は、私、浅草にほど近い下町育ちだ。幼稚園も浅草寺幼稚園!下町に住んでいたころは、緑のない窮屈な空間が好きになれず、山の手の暮らしに憧れていた。幼稚園もスクールバスで通い、お受験の末、遠い小学校に入学したために、地元の幼なじみがいなかったことも、生まれ育った土地に愛着を持てない大きな理由の一つだろう。

どんな土地も、旅人として眺めれば、違った景色に映る。観光客のような感覚で訪れる浅草もしかりである。
まずはお目当ての『浅草今半』で腹ごしらえ。それから、長くは歩けないおばあちゃんを車椅子に乗せて、観音様に向った。
車椅子と云っても、旅行用の小振りなもので、4輪とも小さく、わずかの段差も上らない。おばあちゃんは、また一回り太ったようで、小さな椅子にお尻がはみ出している。私より十数キロも重いおばあちゃんを乗せた華奢な車椅子は段差の度につっかかり、その都度おばあちゃんはやおら立ち上がって自分で段差を上り、また座る。端から見たら、さぞおかしな光景に映るだろう。大きな後輪の付いたちゃんとした車椅子ならば、多少の段差は上れるのだろうが、改めてバリアフリーの大切さを知らされた。

昔ながらの遊園地、花屋敷を通る。幼い頃、よく連れてきてもらったところだ。華やかなはずの遊園地なのに、何となくわびしい気持ちにさせられた場所だ。この小さな遊園地で嬉々として遊んだ自分の姿を、記憶の中にいくら探しても見つからない。だから懐かしさも湧かない。

観音様にお参りしたら仲見世……だが、残念ながら大変な混雑で、車椅子初心者の私たちは気後れした。そんなデコボコ・コンビの私たちに、「こんにちは」と声を掛けてくださる人がいる。目を上げると、声の主は、車椅子を押す人だった。登山のときに交わす挨拶のように、自然で、あたたかく、勇気をくれる「こんにちは」だった。この日、何度も車椅子の方たちの明るい挨拶を受け、返す挨拶もだんだんと上手になった。

仲見世は諦めて、観音様の前を横切り、そのまま直進した。右手に邦楽の生演奏を聞きながら食事のできるお店を見つけたが、いかんせんお腹が一杯だった。その店の数軒先に『ふじや』という手ぬぐい屋さんがあった。2間間口の小さな店内は、お客さんで溢れている。
「手ぬぐいって、いつ使うの?」
「ハンカチ代わりに手ぬぐいを出したら、かっこいいじゃないか」
若いカップルのひそひそ話が聞こえる。
花屋敷に無感動な私も、手ぬぐいには懐かしさを覚える。2歳半から日本舞踊を習っていたからだろう。自分から習いたいと言い出し、筋がいいとおだてられながら、お稽古に通った。小学校が遠く、親の決断で止めてしまったのだが、あのまま続けていたら……と時折思う。日舞につきものの手ぬぐいは、ノスタルジーと後悔がないまぜになった、ほろ苦い思いを起こさせる。何しろ、自分でやりたいと言い、好んでやり続けたものは、この日舞と縦笛しかないのだから。
車椅子を外に置いて、一人店内に入る。猫さんはないかな……そして見つけたのが、これ!(写真をクリックすると拡大画像をご覧いただけます。)

『猫飼好五十三疋』を染めたものだ。こよなく猫を愛し、懐に猫を入れて筆を走らせていたという歌川国芳の作品で、『東海道五十三次』をもじったウィットの効いたものだ。(詳しくは、http://museum.cat-city.com/ukiyoe/exbit/kuniyoshi01.htmlを参照してください。)
いずれ、手ぬぐい額に入れようか、それとも思い切ってハンカチ代わりに使ってみようか……(いつになったら迷わずハンカチ代わり、と思えるようになるのだろうか。)

道々、2、3匹の猫に出会いながら、シャッターチャンスを逃してしまっし、仲見世の最中アイスも食べずじまいだったが、ちょっとした旅行気分にひたることができた。今度浅草に来たら、寄席によって一笑いしてこよう。


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