2005年正月猫模様 その1(H.17.1.10)

 2005年のお正月休みは、思い切っての8連休となったが、クリスマス・プレゼントとして社員さんから頂戴した風邪と別れられず、連日ティッシュ・ぺーパーの山を築きながら、だらだらと過ごした。毎年恒例の家族麻雀も、私以上に休みのない会社に就職した息子が、ここぞとばかりに出歩いていたため、面子足らずで諦めなければならなかった。何をするでもなく、貴重な8連休は過ぎていった。1月6日の初出勤の朝、2週間近く抜けることのなかった風邪から解放されていることに気付き、苦笑。仕事をする者の性だろうか。
 毎年、お正月には、『正月猫模様』と題して、その時々のneco家の猫の様子を記録してきたが、昨年は新入り4匹を迎えたことでもあり、今年は一匹一匹を少し詳しく書き留めておこうと思う。そう云えば、neco家の猫系図もサイトを立ち上げた時のままだ。3年の間に猫事情も随分変ったが、更新はまたの機会に譲るとして、今の猫たち、外猫を含め18匹を、改めて紹介しよう。何分、18匹となると一挙に書き上げることは出来ない相談。年齢順に3匹ずつまいりましょうか。気長にお付合いの程。

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【ロッキーママ】
neco家の家族になった時期:2000年4月
誕生日:1991年or 1992年と思われる
<家族になった経緯>
もともと会社の近くの中華料理屋さんの飼い猫だった。中華料理屋さんの立ち退きと同時に、家と家族を失った。階下のステーキ屋さんがご飯をあげていたようだが、私との初対面は1999年の夏。赤ちゃん4匹を連れて、バルコニーに上がってきたのだ。その中の一匹、目の不自由なロッキーを家族に迎え、母さん猫をロッキーママと命名。その後も朝に夕にご飯をあげていたが、2000年の2月の終わり、再び6匹の赤ちゃんを出産。ロッキーママの避妊のために、まず6匹の子猫を保護。それが今いる6匹兄妹だ。ロッキーママは避妊後また元の場所に放すつもりだったが、獣医さんに8歳か9歳になるだろうと聞き、ホームレスに戻すのは忍びなく、そのまま家族に迎えた。
<2005年正月近況>
家の中の猫密度の高さを嫌い、相変わらず、玄関先の自室で暮している。朝に晩にホカロンを入れ替えるのだが、その度に機嫌よくゴロゴロと喉を鳴らす。体調もすこぶる良いのだろう。冬場はキャット・ベッドの上にさらにカマクラ状のベッドを置いているが、その中はほんのりと温かく、年末に降った雪の反射光が入り込む室内は透明な明るさで満ちている。こんな空間で、日がな、何を見るでも見ないでもなく、過ごしてみたいと思う。ロッキーママの自由が私にも嬉しい。「ママ」と声を掛けると、「ウグワ」とカエルのような声で返事をする。何度声を掛けても、同じ声で応える。「ウグワ」は私を安心させ、羨ましがらせる。
ロッキーママの良き相棒、ファイトが去って間もなく2年になるが、近所のジロちゃんが朝晩やって来て、ママの食事のお伴をしてくれる。もっとも、ジロちゃんは、ママの外出中にママの部屋に入り込み、ご飯を失敬した上に、眠り込んでいることもある。それでも、ママにとっては大切な客人であり友人である。ママとジロちゃんは、今年もまた良い距離を保ちながら、共に歳を重ねていくのだろう。

【ジロちゃん】
neco家の食客になった時期:2000年5月
誕生日:推定1998年
<食客になった経緯>
ジロちゃんは、近所のO家の飼い猫だ。もっともそれを知ったのは、ジロちゃんが毎日やって来るようになって2年程してからだ。ファイト、ロッキーママと連れ立って、おばあちゃんのゴミ出しについて行ったところを、Oさんが目撃。「最近ちっとも家に帰ってこないと思ったら、お宅にお邪魔していたんですか……」
そこで初めて『ジロちゃん』という本名を知った。それまでは『お友達』と呼ばれていたのだ。ジロちゃんは、ロッキーのお友達だったのだ。
ジロちゃんは、Oさんの飼い犬が見つけたそうな。犬が道端に置かれた袋の匂いをしきりに嗅いで、その場を離れようとしない。不審に思ったOさんが中を覗いてみたら、赤ちゃん猫が入っていた、と云うわけだ。犬は、何を思ったのだろう、小さな命が不憫だったのか、愛らしかったのか、単に興味津々だったのか、断固そこを動こうとしなかった。そんな犬に根負けして、Oさんは赤ちゃん猫を抱いて帰宅することになった。ジロちゃんは飼い猫として成長した。だが、O家にはもう一匹犬がいる。一度、思いっきり吠え立てられ、どこまでも追い掛けられたことがあり、以来、家に居着かなくなってしまったという。
ロッキー亡き後は、ファイトの舎弟として、ファイトが去った後はロッキーママの茶飲み友達として、朝夕のご飯分に余る働きをしている。
<2005年正月近況>
毎朝7時、ちょうど私が朝湯をつかっている時に、ジロちゃんはやって来る。ロッキーママの自室の上に飛び乗ると、窓を開け放して湯舟に浸かる私と、10センチの至近距離でピタリ目が合う。「おはよう」と挨拶し、ご飯を持ってくるまで、そこで待つように言う。ジロちゃんは、ちゃんと待っている。ジロちゃんのご飯皿には山盛りの猫缶が入っているが、ジロちゃんはそれをペロリと平らげる。うっかりすれば、ママのご飯まで失敬。それでも足りなければ、ウッドデッキの方に回り、ガラス越しに「もっとよこせ」と宣う。
昨年の夏は、毛も抜け、ガリガリに痩せ、果ては、ほっぺたにピンポン玉ほどの穴が開いて延々治らず、猫エイズの発症かと半ば諦めたほどだった。人の飼い猫と知れば、勝手に獣医さんに連れて行くこともできず、気を揉むばかりだった。だが、いつの間にか、ほっぺの穴はきれいに塞がり、毛もふさふさと生え、ふっくら肉もついた。外で暮らすロッキーママの唯一の友なのだから、ジロちゃんには長生きしてもらいたい。

【らーちゃん】
neco家の家族になった時期:2001年1月16日
誕生日:1998 or 1999年頃か?
<家族になった経緯>
らーちゃんを事務所ビルの近所でしばしば見かけるようになったのは、2000年の半ば頃からだろうか。銀行の前に駐輪している自転車のタイヤにマーキングしていたり、居酒屋の裏手の空き地に駐車している車の下で眠っていたり…。ロッキーママの子供、ロッキーのお兄ちゃんであることは、すぐにわかった。体つき、顔だち、毛色、茶の斑点の位置も大きさもロッキーと瓜二つだった。薄緑の首輪をつけていたから、一度はどこかの飼い猫になったことは間違いないが、それが過去形なのか現在進行形なのか、定かではなかった。頻繁に出会うようになって、『ロッキーのお兄ちゃん』と声を掛けるようになった。ロッキーのお兄ちゃんは、振り返るものの、いつも1mの距離は保っていた。ところが、ある日、何の前触れもなく事務所のバルコニーにやって来た。バルコニーから事務所の中を覗く姿を間近に見て、家も家族もないことを確信した。冷蔵庫の片隅に転がっていたチョコレートで事務所に誘き寄せ、その一瞬を狙って無事保護。
<2005年正月近況>
6匹兄妹に遅れてNECO家の家族になり、窮屈な思いをしていたらーちゃんも、4匹の新入りを迎えた今、その地位は不動のものとなった。らーちゃんは、チビタの面倒を見ることで自分を取り戻したのだが、昨年の夏やって来た4匹の子猫の父(母?)となり、ついに6匹兄妹の羨望の眼差しを集めるようになった。今でこそ、子猫たちにオッパイを吸われることもなくなったが、らーちゃんの眠るところには、決まって人垣ならぬ猫垣ができる。らーちゃんを中心に、3、4匹、4、5匹の猫が輪を作って眠る。らーちゃんの優しさ、面倒見の良さが、子猫を集めるのだろう。その人柄(猫柄)は、だれしも認めざるを得ないのだが、未だにニセドとトンちゃんのらーちゃん攻撃は止むことがない。すれ違い様にパスンとくり出される猫パンチを、らーちゃんは小さく、固くなって受け止める。ここまで習慣化すると、らーちゃんを本当に憎く思っているのか、単なる条件反射なのか、わからない。だが、時折らーちゃんとニセド、あるいはらーちゃんとトンちゃんの間の空気が緊迫して固まり、低い唸り声が床を這う、一触即発の危機が持ち上がる。振り向いた私も、その緊張感に息を詰めていると、どこからともなく現れる猫がいる。チビタだ。チビタは、いつもと変わらぬ歩調で、らーちゃんの傍に寄ると、「ネーオ、ンニーヤ、オーニャ」と声を掛けて、らーちゃんに体を擦り付ける。このチビタの場違いなテンポと声音に、その場の空気は一瞬にして緩み、ニセド、トンちゃんは出端を挫かれてその場を去っていく。誰も責めず、傷つけることのないチビタの仲裁は、真似ようと思ってもなかなかできるものではない。だが、チビタは、エリちゃんとトンちゃんの派手な喧嘩の仲裁に入ることはない。チビタが守りたいのは、やはりらーちゃんなのだ。ニセドもトンちゃんもいい加減にしないと、近い将来、子猫4匹の逆襲を受けることになるだろう。