これ、あたしの (H14.11.11)

昨日、マーケットであったかそうなクッションを見つけた。表は人工ムートンで肌触りも抜群。デフレのお陰で、お値段も激安。『キャラリン』にどうかなと思い、一つ買って帰った。

10月初旬に再び姿を見せて以来、『キャラリン』は毎日やってきては、薬入りのご飯とミルクを食べて、どこにあるのか、ないのか、ねぐらに帰っていく。それでも相変わらず警戒心は強く、未だにガラス一枚の関係は続いている。こちら側からガラスに手をぴったり付けると、向こう側の『キャラリン』が鼻を押し付ける。お陰でガラスは『キャラリン』の鼻の跡で汚れ放題。ご飯の時は、「これがいい?それとも、これ?」とこちら側から猫缶を次々に見せる。お目当ての缶が出てくると、「それそれ」と言わんばかりに、ガラスに手をついて背伸びをする。ここまで来たのだから、もう気を許してもいいじゃないかと思うが、ご飯皿を手にいざガラス戸を開けると、さっと身を翻して物陰に隠れる。わずか1mだが、その距離が縮まらない。ガラス戸が閉ると、すぐにやって来てお食事となる。
こんな状態だから、クッションの一枚を敷いてあげるのも半ば賭け。ちょっとでも普段と様子が違うと『キャラリン』の頭の中には警戒警報がけたたましく鳴り響くのだ。ウッドデッキができる前、軒下にいた『キャラリン』のために、バスケットにクッションを入れて置いておいたことがある。『キャラリン』はバスケットを置いたために狭くなった軒下で、何日も何週間も窮屈そうに丸くなっていた。初めてバスケットに入るまでに、どれくらいかかったろうか。「『キャラリン』がバスケットに入ってるよ」と歓喜の声を上げたのも束の間、焼きもちを焼いた『クロちゃん』に追われて、2週間も姿を消してしまった。9月半ば過ぎのことだ。その記憶が新しく、クッション一枚敷くことにも逡巡してしまう。

家に帰ると、ちょうど『キャラリン』がご飯をねだりにやって来たところだった。ガラス一枚を隔ててクッションを頬に当てながら「『キャラリン』、ほら、あったかいクッションよ。フワフワで、柔らかくて、ね、いいでしょ」と声をかける。『キャラリン』も興味を持ったようで、クッションと私の顔を代わる代わるに覗き込んでいる。クッションを下に置き、「ね、この上で寝んねするとあったかいよ」と言いながら、クッションの上に手を滑らせる。そうしておいてから、クッションはそのままに、『キャラリン』のご飯を用意した。ガラス戸を開けると、いつものようにさっと物陰に隠れて、こちらの様子を窺っている。いつもの場所にお皿を、その向こう側にクッションを置き、素早くガラス戸を閉めた。さあ、どうする?『キャラリン』はクッションに一瞥をくれたが、今はご飯とばかりに、お皿に顔を突っ込み、食べ始めた。クッションがあっても、逃げずにご飯を食べた。第一関門通過。ご飯を終えると、『キャラリン』はやおら立上がり、クッションの上に。そして、頬をクッションの中に埋めるように丸くなって、目をつぶった。望外の反応だった。『キャラリン』のために善かれと思ってやってきたことが、初めて素直に受け入れてもらえた。ほっとした。けれども、妙に悲しかった。

『キャラリン』は、そのまま、クッションの上で丸くなったままだった。『お友だち』が忍び足でご飯を食べに来ても、微動だにしなかった。その丸まった背中の薄汚れた毛の一本一本が、「これ、あたしの」と宣言しているようだった。『クロちゃん』がやってきた。クッションの上の『キャラリン』は、『クロちゃん』には面白くはなかっただろうが、これまた「これ、あたしの」という無言のアピールに、取り敢えずはすごすごと引き上げて行った。
丸くなった『キャラリン』の背中の毛の隙間を、北風が容赦なく吹き抜ける。寒かろうに、たった一枚のクッションを宝物のようにして眠る『キャラリン』。一枚のクッションがかえって『キャラリン』の寒さを際立たせるようで、涙がこぼれた。

雨露をしのぎ、風を遮るお家を置いてあげたいと思う。あったかい毛布に湯たんぽも入れてあげたい。『キャラリン』は入ってくれるだろうか、それとも逃げるのだろうか。はたまた『クロちゃん』に追い立てられてしまうのだろうか。二つ置けば丸く収まるだろうか。

朝、起きて見ると、『キャラリン』は昨夜と同じ格好で、クッションに頬をつけ、目を閉じていた。