梅と猫と私と(H23.4.17)

今年の梅は不憫だった。
寒さの中にあっても春の息吹を感じさせてくれる梅の開花を、今年ほど待ちわびたことはなかった。
この冬の寒さは骨の髄まで滲みて来て、身に堪えていた。
3月に入って、ようやく数輪が開花したのを見つけた時には、思わず夫の元に走って伝えた。
3月9日にカメラに収めた梅は三分咲きくらいだろうか。

毎朝、梅を見上げるのが日課になっていた矢先、あの震災が起こった。
以来、私の目は、報道される被災地の惨状だけを見つめ続けた。
毎朝の仏前での読経の折に、立てる線香が一本増えた。
これまで当たり前のように唱えていた社員と家族の無事を祈る言葉は、喉でつかえたまま出てこなくなった。
わずかな物損だけで難を逃れたこの身がすべきことを思った。
答えは、私には馴染みのものだった。
最期の時を間近にした愛猫を家に残したまま、仕事に出なければならない時に、ぐっと握りこぶしに力を入れながら、心に秘める誓いと一緒だった。

報道は、日に日に拡大する被害と被災者のあまりに辛い状況を伝え続ける。
それを目にし続けているからか、余震に足元が揺らぐせいか、次第に、今までと同じ仕事をするにも息が切れるようになった。
家に戻る頃には、背骨のない軟体動物になったかのように、足取りも定まらない。地中に溶け込んでいくような疲労感は、目覚めの時にもそのまま残った。
何を考えているわけでもなかった。考えることすらできなかった。
わずかの間にズボンの腿のあたりがぶかぶかしてきた。細ったのは腿だけではない。心が細っていた。
いつの間にか満開になった梅を、長いため息をつきながら、何の感情も湧かないままに見やった。
つい先日、下腹にぐっと入った、入ったはずの力は、跡形も無く消えていた。被災地の苦しい避難生活の中で、行き届かない支援にさえ感謝し、笑みまで見せてくれる被災者の皆さんを思い、ただただ恥じ入り、情けなさがますます心を細らせた。

ある日のこと、仕事の相手方に来社を乞う電話を掛けた。電話からは、意外そうな声音が伝わってきた。日本にいないのだと言う。原発の危険から逃れるため、当分の間、日本に戻るつもりはないと言う。その声は、電話のこちらでいつもと同じように過ごす私に、なぜそこに居るのか、と問うているようだった。
意外なのはこちらの方だった。どこかに脱出することなど、頭をかすめもしなかったし、現に脱出完了した人と話しながら、違和感ばかりが膨らんだ。
今まで、訳も無く焦燥しきっていた身と心が、霧が晴れるようにすっきりとし、自分を取り戻したのはこの時だった。
私は、迷うことなく、ここに居る。ここに居ることを、無意識の内に選び取っていたことに気づき、新たな力が満ちてくるのを感じた。
なぜか、涙がこぼれた。

庭に出て、梅を見上げた。
名残の花が数輪風に揺れていた。
足元には、満開を愛でられることなく散った花びらが、自らの存在と時の移ろいを控えめに伝えている。
私は、今、この梅と共に、ここに居る。
そんな感慨に耽る私の姿を、猫たちが窓越しに眺めている。

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