消えたズレータ(H23.11.4)

会社の外猫さん、ズレータが突然姿を消して1週間が経った。前日まで、いつもと変わらず、朝ご飯を食べて1時間もしない内に事務所にやって来て、大好物の缶詰をねだっていただけに、何とも腑に落ちない失踪だ。
このビルと隣のビルの隙間で生まれてから7年間、朝寝坊をして朝食に間に合わないこともたまにはあったが、丸一日姿を見せない日はなかった。一緒に暮らして来た仲間達と折り合いが悪いわけでもなく、ここを去る理由が見当たらない。
食欲こそ人一倍だったとは云え、春から続いていた呼吸障害が体に負担を掛け、突然限界に達してしまったのだろうか。倉庫や物置にもぐり込み、そのまま出られなくなってしまったのだろうか。車に撥ねられてしまったのか、あるいは誰かに連れ去られてしまったのか……

大きな声で名前を呼びながら、朝に夕にあちこち歩き回った。路地裏にも、神社の縁の下にも、何の気配も感じられなかった。
迷子ポスターを作って、ご近所に配った。この辺りの1階はほとんどが店舗で、仕事中の忙しい最中だったが、皆、思い掛けないほど一緒に案じてくれ、ブルーの目のズレータが大きく印刷されたポスターがいくつもの店先に貼り出された。
警察、保健所、動物愛護センター、清掃事務所に問い合わせた。事故の形跡もなければ、保護もされていなかった。ぷっつりと気配が消えてしまった。

 

 

外猫である以上、いずれ姿を消してしまうことは判っていた。だが、それはずっとずっと先のことだったはずだ。鼻か気管支の気道が細くなっているのだろう、音を立てて、体全体で呼吸はしていたけれど、一日に3食以上食べ、しかも肥満にはならず、美しい体躯をしていたズレータ……ぷっつりと途絶えた気配をどう理解したらいいのか解らずにいる。

ズレータは、5匹兄弟として生まれた。4匹は我が家に保護できたが、ズレータだけは逃げ続け、叔父さん、従兄弟と一緒に地域猫として暮らしてきた。階下のステーキ屋さんと私とで食事の世話をし、飢えるどころか、お八つ、夜食付きの生活だった。どこで寝ているのかは判らないが、雪の降る日に、寝坊をして漸く起き出して来たズレータの体は、ほかほかとあったかだった。どしゃ降りの日も、濡れていたためしがない。好きな時に好きな所に散歩に出掛け、眠くなれば日溜まりで眠る。
我が家にはズレータと瓜二つの兄妹モナコがいる。モナコはふかふかのベッドと引き換えに、外を歩く自由を失った。気の向くままに屋根伝いに2階の事務所にやって来ては、お気に入りの缶詰が出る迄ねばり、満足するとさっさと出て行くズレータの後ろ姿を見ていると、ふかふかのベッドと自由は、そもそも天秤に乗らないことを思い知らされた。
だが、こうして何の前触れもなく気配が消えてしまうと、何とも、何ともやるせない。

一時は5匹で食べていた食事も、あっちゃんに追われてコアネが去り、ズレータがいなくなり、今は3匹だけになった。ドライフードには見向きもせずに、缶詰が出る迄ズレータと一緒に遊んでいたあっちゃんが、今は一人ぽつんと待っている。もっと、もっとと皆して欲しがった猫缶が、今は食べ残される。
3匹は、ズレータの所在を知っているのだろうか。なぜ姿を消したのか、判っているのだろうか。ホワイトソックスとタマは、以前と変わらずの様子だが、一人身繕いをするあっちゃんの姿はあまりにも寂し気だ。

すべてにズレているズレータのこと、何事もなかったかのように、ひょっこり舞い戻って来るのだろうか。

 

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