どこに行ってたの? (H15.4.15)

 先週の金曜日、ラヴリー先生に輸液をしていただいたとき、ファイトはじっと動かずにいたという。前回までは、嫌がってネットを被せての輸液だったのに、今回は、その気力すら失っていた。
 「随分弱ってきちゃいましたね…」
 分かってはいても、先生の言葉は心の底に静かに沈んでいった。体重も2400グラム。一週間で300グラム減った。

 輸液をしても目に見えるほどの変化はなく、目は半眼、手を替え品を替え運ぶ食事はかえって気分を悪くするらしく、お皿が見えないように、よろよろと向きを変える。水の器は以前からお家の周りにいくつも置いてあったが、この様子では家を出るのも大儀だろう。お家の中に器を運びこんだ。案の定、即座に水を飲み始め、永遠に飲み続けるのかと思うほど長い時間、ひたすら飲み続けた。
 その水が精気を与えたのか、ファイトがひょっこりキャラリンの小屋の前にやって来た。いきなりキャラリンのご飯皿に顔を突っ込み、キャラリンの食べ残しを食べ始めた。慌てて同じ缶詰をお皿に開け、ファイトに差出す。食べている!食べている!!これを皮切りに、食欲が戻り、食べる量も徐々に増えていった。

 一昨日、なまり節を喜んで平らげた直後だった。そのほっとするほどの食べっぷりに見入っていたおばあちゃんの目の前で、ファイトは突然身動きしなくなった。くっと見開いた目を宙の一点に当てたまま、固まってしまったように動かなくなった。おばあちゃんは、息を飲み、必死でファイトを揺すりながら、名前を呼び続けた。どれほどの時間が経ったのだろうか。時間のない世界が突然ぽっと現れ、独りおばあちゃんの声だけがこだましていたのかもしれない。しばらくして、ファイトの口がわずかに動いた。我にかえったファイトは、清しい目でおばあちゃんの顔を見つめ返した。
 ファイトは一体どこに行っていたのだろう。川の向こうに咲き乱れる、黄色やピンク、薄紫や深紅の美しい花々、その中でひらひらと舞う蝶に見とれ、小鳥の心地よいさえずりを聴いていたのかもしれない。

 それからというもの、ファイトは、ミルクを飲み、あれこれ心を尽くしたおばあちゃんのご飯を美味しそうに食べ続けている。そんなファイトの様子が嬉しいのか、ロッキーママは、家の周りを鈴を鳴らしながら、何周も何周も駆け回っている。