知恵比べ(H14.9.4)

『エリちゃん』が、ベランダから初めて脱走したのは、6月頃だっただろうか。ベランダの手すりから下の物置きの屋根に飛び下りるのだ。後は、家の中に閉じ込められている階下の兄弟の羨望の視線を尻目に、意気揚々と散歩にくり出す。と言っても通りを渡ることはなく、家の裏手の公園でチョコンと座っていたり、塀伝いに歩くのがせいぜいなのだが、『ロッキー』と『なっちゃん』の悲劇を決して忘れることのないneco家の面々は、エリちゃんの脱走のたびに必死に探しまわるのだ。以来、『エリちゃん』はベランダに出してもらえなくなり、決して脱走しない『らーちゃん』と『チビタ』まで、そのとばっちりを受けることになった。

2階の住人にとって、夏の暑さは身に堪える。3方に開いた窓から差し込む強烈な陽射しと屋根から伝わる熱が相手では、クーラーもお手上げ。すべての雨戸を閉め切って、どうにかクーラーも冷気を吐き出すことができる。おばあちゃんが洗濯物を干す時と込む時のわずかな時間を除いて、2階は暗黒の世界。一日中、電気とクーラーがつきっぱなしの毎日が続いた。光りと外の視界が遮断され、時間の感覚のなくなる、まるで独房のような生活だ。可哀想だが、昨年のおばあちゃんの熱中症を目の当たりにしただけに、ここは譲れない。そんな日々と「お外に出たいの」が『エリちゃん』の中でふつふつと発酵して、次第に明るさを失い、気も荒くなっていった。せめて1階にくれば気も晴れるかと連れて来ても、そばを通る兄弟のだれかれ構わず「ハーッ」と威嚇しては、早々に2階に逃げ帰る。どんなオモチャをあげても、興味を示さず、申し訳程度に手を伸ばすだけ。大好きなぱぱちゃんを見る目も恨めし気になってきた。

その訴えるような視線に、矢も盾も堪らず、ベランダからの脱走防止対策に乗り出したのはぱぱちゃん。ホームセンターに出かけて、ラティスとゴルフ用のネットを買い込んだ。慣れぬ大工仕事も何のその、『エリちゃん』のためならエンヤコーラと、大汗かいて思うようにならないゴワゴワのネットと格闘する。当の本人も久しぶりのベランダに出て、興味津々、仕事振りを観察。なかなかいいぞ、こんな感じでいいのかな。が、『エリちゃん』は、ほんのわずかのネットのたるみやら、思いもかけない隙間にもぐり込んでいく。ふうっ、やり直し。

あれや、これや試行錯誤すること数時間。一向に捗らない作業にため息をつきながら、ふと視線を上げると、なんと『エリちゃん』がネットを張ろうとしていたのと反対側の手すりに登り、そこから1m前方、2m下のわずか10センチ幅の万年塀めがけて飛ぶ体勢を整えていた。慌てて走れば、危険を顧みずジャンプするのは目に見えている。焦る気持ちを抑えながら、静かに近づき、寸でのところで抱き上げた。『エリちゃん』を抱きながら、ぱぱちゃんは、その場にへたり込んでしまった。『エリちゃん』は、ベランダに出してもらえるようになるのを喜ぶどころか、ちょっとした散歩を約束してくれる唯一のルートを断たれることが悲しく、ならばと早速別ルートにトライしていたのだ。ハーネスをつけて外に連れ出しても、嬉しいはずもなく、草の茂みの中にもぐって座り込んでしまう。とにかく、自由に歩きたいのだ。

そんなに外に出たいのなら、と不憫に思う気持ちに圧倒されそうになるが、『ロッキー』と『なっちゃん』の最期を思い起こして、もう一度気持ちを立て直す。だが、交通事故に遭うから、病気に感染するから、と外を歩く自由を奪い取るのは、人間のエゴなのかもしれない、とまた思う。彼等にとって交通事故に遭おうが、病気に感染しようが、安全な幽閉生活よりは格段にましなのではないか。室内飼いの是非に心が揺れる時は、ご近所のことを考えるようにする。Neco  家では17歳の『ファイト』と『ロッキーママ』の2匹が出入り自由。それに3匹の通い猫が家の周りをウロウロしている。時を構わずご飯を催促して鳴き、相性の悪い相手と睨み合っては威嚇の叫び声を上げ、所構わず土を掘り起こしてトイレ。猫嫌いでなくとも、辟易するだけのご迷惑をかけているのだ。やはり、何があっても室内飼いを通さなくては。

夕食後、再びレポート用紙に向かって、ネットの掛け方をスケッチするぱぱちゃんの姿があった。