『隣の宮沢さん』次回ワールドカップ出場か! (H14.6.29)

抜歯で入院した『らーちゃん』は、ビニール袋に入ったボロボロの黒ずんだ歯数本を手土産に、残る歯を歯磨きのCMにでも出られるほど真っ白に磨き上げて帰ってきた。抜歯の傷口はうずくだろうに、これまでの歯槽のう漏の痛みから解放されて余程楽になったのか、すっきりとした表情をしている。それは、図らずもシェイプアップされた体に似つかわしく、今までに見たこともない若々しさと爽やかさで、梅雨空にどんよりくぐもった空気の中を一人軽やかに舞っているようだ。日頃から私の三面鏡に映った自分の姿を食い入るように見つめていたが、生まれ変わったような表情に自信を持ったのか、近頃では『エリちゃん』にアプローチすることが多くなった。悩みの種だった口臭もなくなり、女王様『エリちゃん』もまんざらでもない様子。

実に素晴らしい変身を遂げた『らーちゃん』が、何と今度はサッカーを始めた!
もしかして『らーちゃん』は『ロッキーママ』のお父さん?と訝っていたほど爺臭かったのに、決して遊ぶことはないんだと諦めていたのに。「歯槽のう漏で歯は痛んでいますが、犬歯はさほど磨耗してないですよ。そんなお年ではありません」というラブリー先生の言に目覚めたのだろうか。
これまで一体何回『らーちゃん』の目の前にこのボールを転がしたことだろう。何の感心も示さず、目で追うことすらしなかったというのに、新生『らーちゃん』はロナウド顔負けの切れの良いドリブルでボールを運んでいく。その素早い動きに『エリちゃん』も目を見張るばかり。あちらの隅からこちらの隅へと幾度となくドリブルで往復したと思えば、突然ベッドの下に潜り込み、隙間から動かぬボールをしばし凝視、次の瞬間、脱兎のごとくベッドの下から飛び出してボールめがけてスライディング・タックル。
『隣の宮沢さん』が、ダダダッという足音にのんびり首をめぐらす。そう、『隣の宮沢さん』は簡単にはびっくりしない。びっくりする時も独特だ。5、6歩走ったところで一旦立ち止まり、それからまた改めてびっくりする。
「ねえ、『チビタ』、『らーちゃん』がサッカーしてるよ」
二人で遊べればいいのに、と思いながら声を掛ける。『チビタ』(『隣の宮沢さん』とフルネームで呼ぶことはますます稀になっている。どう考えても長過ぎるし、語呂も悪い。ちっともチビではないが、目下のニックネームは『チビタ』だ)がおもむろに腰をあげる。
いいぞ、ボールめがけて飛んで行け!違うよ、ボールの所よ、『らーちゃん』にすりすりするんじゃなくて。それじゃ、『らーちゃん』が遊べなくなっちゃうよ。
動くボールは視界から外れてしまうのか、『チビタ』はボールなど文字どおり眼中にない様子で、いつもの『す〜りすり』を開始。ダッシュしようとする『らーちゃん』のあごの下に、するりといとも簡単に頭を滑り込ませる。すすっと動いてみても、ぴったり寄り添って離れない。フェイントにも引っ掛からない。ファウルを取られるようなこともなく、見事に動きを封じ込める。これほど鉄壁なディフェンスがあるだろうか。『らーちゃん』もお手上げだ。

明日はワールドカップ決勝。ロナウド、リバウドの個人技にドイツの壁が立ちはだかるのだろうが、ドイツに『チビタ』をレンタルすれば、カーンが忙しくなる心配はないだろうに。『チビタ』のディフェンス力の噂を耳にしたなら、次回のワールドカップに向けて、サッカー関係者がレンタルの依頼に殺到するに違いない。