| 2008/6/29 |
だが、私の目は、隣の建物に釘付けになった。サビ猫が梅雨の晴れ間を惜しむように、身繕いに精を出している。近寄っても怖がる素振りはないが、絶妙な間合いで身繕いを止め、歩き出した。 そして、門口に置かれた水盤に近寄り、こちらを振り返る。この時、はじめて目を合わせたのだが、彼女は、何事もなかったように、水を飲み始めた。 メインストリートから1本入ったこの場所には、まったりとした時が流れ、猫の舌が水を掬う音が耳に心地よい。改めて、猫の姿を眺めると、スリムな体付きには不似合いな横腹に目が止まった。 「妊娠しているのかしら」 「えっ、そうですか?」 いつの間にか私の傍らに立っていたお寿司屋さんの店の人が、私の独り言に驚いた。何でも5匹の仔猫を生んだばかりで、それぞれを里子に出してほっとしたところだと言う。サビは野良だったが、ご近所で面倒を見てるのだそうだ。 「避妊してあげてください。まず早急に獣医さんに相談して」 「そうですね」 食事は与えても、避妊・去勢の話しになると引いてしまう人が多い中、この人は真剣に真正面から受け止めてくれた。 このお寿司屋さんの雰囲気も、味も、決して期待を裏切らないだろうと思った。 そして、まさにその通りだった。期待の倍以上も美味しいことを除いては。 |
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| 2008/6/22 | 宮沢さんに続いて、らーちゃんがお腹に、ぬーちゃんが耳の前の毛の薄いところに、さらにはゴンちゃんが足に深手を負った。 neco家では、目下ケンカの連鎖が起こっている。 大きなゲージを設えなければならないかと、カタログを繰ったものの、何か煮え切らないものがあった。 暗澹たる思いで、予定していた『ムツゴロウの玉手箱』という講演会に出掛けた。 テーマは『エジプトとネコ』。 自然体で淡々と語られる畑先生のお話しは、なかなか本題には行き着かない。 だが、発せられる一句一句からは、先生が自らの命と長い長い時間を掛けて体得した、命に対するフィロソフィーが滲み出ていて、私のしたり顔は見る見るしぼんだ。 私はこれまで猫たちを家族として共に暮らしてきたつもりだ。ペットを飼っている、という意識はまったくなかったはず。 でも、本当に対等の命として彼らと接してきただろうか。 『可愛い〜』と頭を撫でるとき、彼らの行動を制御しなければと思うとき、彼らの言い分を何でも聞き入れるとき、私が彼らに向けた目線は斜めではなかったか。 先生にお尋ねしたいこともあったが、この基本的な命題の前に、言葉を失ってしまった。 煮え切らずにいたゲージなど、やはり論外だ。 戦々兢々とした雰囲気漂う今のneco家だが、これを対等の命の触れ合いで乗り切りなさい、と宿題を与えられた気がした。 耳学問に邪魔されず、心をぶつけることは、やさしいことではないかもしれない。 でも、こんな折に、畑先生の生の言葉に触れる機会を得たことも、何かの導きだろう。 先日、明治神宮の花菖蒲を見て来ました。鬱陶しい梅雨の一服の清涼として、紫のグラデーションをお楽しみください。 |
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| 2008/6/15 | 長く家を留守にできない我が家では、4〜12月の間、月に1度の一泊旅行が暮しのアクセントとなっている。 もっとも、猫のいないベッドで一晩眠った翌朝には、早くも里心ならぬ猫心がつき、いつもより早い朝食をとって、一目散に家路につく。 お昼頃には帰っているのだから、何とも何とも。 今回の旅行は、梅雨の最中、心配したお天気にも恵まれ、日ごろの心掛け云々といいながら、リフレッシュして家に戻った。 出迎えたのは、宮沢さん。 ところが、その鼻のてっぺんは血にそまり、右前足を上げるように歩く。 身体検査をすると、お腹にも深い噛み痕。 案の定、部屋の床の上には、ミルクティー色の毛が散っていた。 相手は誰だ!トンちゃん?ニセド? だが、この二匹、悪びれる様子はない。 あれーぇ?と見渡すと……居た! 視線から逃れるように、おどおど逃げ隠れする猫が一匹! ゴンちゃんだった。 やっとのことでゴンちゃんを捕まえ、こちらも身体検査。 だが、全くの無傷だ。 念のために全員を調べるが、宮沢さん以外、誰一人ケガをしている者はいなかった。 やはり相手はゴンちゃんに違いない。 日ごろ小競り合いをしても、人間の留守中には、仲裁がいないことを悟ってか、休戦協定を結んだように平穏無事だったのに、何ということだろう。 宮沢さんの右手は、第二指の爪が半分なくなり、手のひらの肉球の上部もえぐられている。 梅雨時でもあり、急いで病院に連れていった。 診察していただくと、あまり気にしていなかったお腹の傷は縫った方が良いとのこと。 あっという間に一針掛けていただいた。 あとは、抗生剤の軟膏を塗り、飲み薬。 これでは、一泊旅行もままならない。 宮沢さんとゴンちゃんを先生に預かっていただくしかない? とんだ旅行の幕切れだった。 |
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| 2008/6/8 | いつの間にか、デイジーやマーガレット、シャクナゲの季節は、終わった。 替わって庭の主役になったのがアジサイとアマリリスだ。 今3鉢あるアマリリスは、17年も前にいただいたもの。 よく売られている水栽培のパッケージだった。 これといった手入れはしなかったが、春の訪れと共に芽を出すと、猛烈な勢いで葉を伸ばし、この時期には真っ赤な大輪の花を咲かせた。 プラスチックの鉢の中の球根は、年々太っていったのだろう。 昨年、ついに鉢を割ってしまった。 これまで水栽培していたものを、土に植え替えるのには逡巡したが、そのままでは死んでしまうから、というお花屋さんの言葉に後押しされて、大きな植木鉢に植え替えた。 プラスチックの鉢を取り払うと、球根から無数に伸びる白い根が、植木鉢の形にスクラップされていた。 無事に命をつないでくれるだろうか、と案じながら一冬過したが、春先にはしっかりとした芽が土から覗いた。 そして、今、これまで以上に見事な花が玄関先を飾ってくれている。 17年の間、これが見納めかもしれない、と思いつつ愛でてきたアマリリスは、衰えを知らないならしい。 植物は、繊細さと同時に、動物以上の逞しさを兼ね備えているのかもしれない。 だが、明日という日を期待することなく、今咲き誇る花を愛でよう。 アマリリスとの付き合いは、まさに一期一会だったのだから。 ![]() |
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| 2008/6/1 | 昨晩、帰宅すると、『ご近所の底力』というTV番組が流れていた。 いつもなら野球中継を見ているはずなのに、と訝しんでいると、「猫のことやってるのよ」とおばあちゃん。 どうやら、猫好きと猫嫌いが対立する町内の問題解決がテーマのようだ。 番組の前半は見損ねたので、双方どのような主張が展開されたのか、わからないが、猫嫌いの中には、かなり頑な人も見受けられた。 話しは、地域猫活動に及んでいて、横浜市西区の例が紹介された。 そこで日々、家のない猫の世話をしている人4名のうち、2名は猫好き、2名は猫が大の苦手だという。 これにはさすがに驚いた。そして感激もした。 地域猫の存在と地域猫活動が仮に認められても、実際の世話は猫好きがやるもの、というのが相場だろうと考えていたからだ。 だが、それでは猫をめぐる対立構造の根っこは残ったままだ。 横浜市西区のように、双方が協力してはじめて、地域をあげての活動が本物になる。 そもそも、地域猫を保護しようとする者も、猫害を訴える者も、家のない猫がゼロであって欲しい、という願いを共に持っているのだ。 両者が共通の目標(希望)を持っている、と認識されていないことが、地域内の対立の根源なのだろう。 一度、共通認識ができあがれば、双方の協力体制は、自ずと出来上るのかもしれない。 地域猫活動のモデル地区としては、同じく横浜市の磯子区が広く知られているが、番組でもここの活動がレポートされた。 特筆すべきは、猫の公衆トイレが設置されていることだ。 世話役の方が、猫の行動パターンを観察したところ、餌場の近くで用を足す傾向があることを発見。 そこでトイレを餌場から1、2mのところに置いた。 猫を好まない人の心理も配慮して、人目に付きにくいところに配置されている。 公衆トイレの形状は、発砲スチロールの箱に普通の砂を入れただけ。 猫は、自分の排泄物をきれいに隠す習性を持っているから、匂いもほとんどない。 食事の世話の時にトイレ掃除をすればOK。 気が抜けるほど、簡単なものだったが、それもこれも、猫を良く知る、という基本が生み出した知恵なのだ。 それを忘れて、頭の中だけで考えていると、やたら大袈裟なことになり、実行不可能になる。 反省至極だった。 2年程前になるだろうか、『ご近所の底力』の番組制作の方から、私のところに電話があった。 「猫を寄せ付けない方法」を教えて欲しいという。 その時、明快な回答はできなかったし、それ以上に釈然としないものを感じた。 今回、地域猫がTV番組のテーマに取り上げられ、広く一般に視聴されたことは、問題解決に向けての大きな大きな前進だ。 我々、猫を飼う者、地域猫の世話をする者は、その責任を全うすることを改めて自らに、猫たちに、社会に誓い、向けられる他者の眼差しを笑顔で受け止めていきたいと思う。 |
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| 2008/5/25 | 腰痛を持て余して、整形外科に通い始めた。 もともと僅かな時間、屈み仕事をしただけで、腰を伸ばすことができなかった。 走る痛みに覚悟を決め、『エイッ!』と気合いを入れて、一気に伸ばさないと、ずっと屈みっぱなしになってしまう。 だが、最近は、寝て起きるときも、椅子から立ち上がるときも、同じように痛みが出るようになり、悪化の一途を辿っているような気がしたのだ。 レントゲンを撮ってみると、20年前の腰椎圧迫骨折に加えて、背骨が大きく左に湾曲していることが判った。 背骨の湾曲は意外だった。 日常の姿勢の良さは、自他共に認める数少ない長所だったのだから。 いつから湾曲しているのかは判然とはしないのだが、突然に曲がったという類のものではない。 ただ、近頃の痛みの原因には、私の寝相が関係しているようだ。 私は、常に仰向けに寝ている。 しかも左腕にエリちゃんを抱き、掛け布団の上にニセド、宮沢さん、シマちゃん、らーちゃんのいずれか2,3匹をのせているから、寝返りも打たない。 さらに、掛け布団の上の猫を避けるのに、右足は曲げて外側に倒していた。 この姿勢を続けていて良い訳はない、と自覚はしていたのだが、いつの間にかこれが習慣になってしまい、他のポーズが取れなくなっていた。 診断の結果、取り敢えず、毎日牽引に通うことになった。 腰椎骨折があるので、普通の人の三分の一の負荷しか掛けられない。 あとは、寝相の改善、つまり膝を曲げて横向きで寝ること、そして腰椎体操をすること。 ベッドに入る前に、パンフレットに載っている数種の体操をすることにした。 エリちゃんは、妙な格好で横たわる私を不審気に眺めていたが、腹筋運動の際に思わず口から漏れた「う、う〜」という声を聞くに至り、私の救助にのり出した。 まずは、顔を近づけて、目をしっかり見つめる。 つぎに、鼻を私の鼻に合わせ、体温を測り、私の鼻が乾いていると知ると、舐め始める。 さらに、ぎこちない動きをする腕を舐めては、再度顔を覗き込む。 エリちゃんは、腰痛体操の間中、これを繰り返した。 根気良く続けて効果の出る腰椎体操、エリちゃんの看護付きなら三日坊主にならずに済みそうだ。 |
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| 2008/5/18 | 昨年植えたイチゴが漸く収穫の時を迎えている。 真新しい土に苗を植え、肥料をやり、寒くなるころから藁を被せ、と母がまめに面倒を見て来た。 葉が大きくなっては喜び、花が咲いたと言って大騒ぎ。 実になるらしいちっぽけな緑の塊に、大きくなあれ、大きくなあれ、とおまじないを掛け、そこそこの大きさになってからは、赤くなあれ、赤くなあれ、と新種の呪文を唱えた。 毎日眺めては、じっと待つ。 漸く、漸く、7分くらい色づいたところで、そっと実を持ち上げてみた。 えっ?!うっそー!味見の先客がいたことを知った。 下側のまだ緑の残るところに、かじった痕が二つ、三つ。 藁の下で、心地よく暮らしているダンゴ虫に先を越されたらしい。 全体が赤くなるまで、待っていたかったのだが、ダンゴ虫との競争ともなれば、そんな悠長なことは言っていられない。 7分通り色付けば良しとして、実を摘んだ。 籠に一杯、なんて想像しないでくださいね。 一度に三つか四つなんですから。 いただきます、と手を合わせ、そっとかじると、シャキッという小気味良い音を立てた。。 お世辞にも甘いとは言えなかったが、新鮮な味わいがすっぱさを消してくれた。 ダンゴ虫と一つの物を分け合うというのも、初体験。 同じ釜の飯ならぬイチゴだが、ダンゴ虫と家族になったような気がした。 コストパフォーマンスは超悪いイチゴ作りだったが、忘れがたい一粒になった。 |
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| 2008/5/11 | GWの初日に、モジリアニ展を見ようと国立新美術館に出掛けた。 だが、まずは腹ごしらえ。花より団子でしょ!と東京ミッドタウンに立ち寄った。 目星をつけていたイタリアンの店に入ったのだが、何だが従業員の姿が場違いなように思える。 つい5分前までデスクワークをしていたサラリーマンが、急いでネクタイを取り、ワイシャツの第一ボタンを外して、エプロンをした、という感じなのだ。 動きもギクシャクしていて、板に付かない。 不審に思いながらも、取り敢えず課長さん風のウェイターにオーダーした。 お父さんと私で、別々のコースを注文したのだが、運ばれた料理は、テーブルの中央に置かれ、どちらのものか判らない。 メニューは持って行かれてしまったので、確かめようもなく、適当に食べ始めた。 すると、部長さん風の人が、突然、お詫びに何かお飲物を、と申し出てくれた。 やはり、私たちは料理を取り違えて食べていたらしい。 すでにビールを飲んでいるお父さんには、もう一杯。私はジンジャエールをいただいた。 二人で半分ずつ料理を食べ進めていると、さらに部長さんがワインを持って来てくださった。今度は何のお詫びなのだろう??? 部長さん曰く、会社の人事異動で、その日が初日なのだそうだ。 なるほど、これで頷けた。 お詫びはまだ続き、ドルチェのケーキが一つ多くお皿に盛られていた。 決して気分を悪くするようなことはなかったのに、お詫びの嵐で、嬉しいやら、可笑しいやら。 私は大満足。でも、お父さんは、酔いが回ってしまい、モジリアニの肖像画の中に、チカチカと星が飛び交うのを見ていたようです。 |
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| 2008/4/27 | 加齢性の腎機能障害で、もって昨年一杯と診断されていた「らーちゃん」は、年末に引いた風邪からも回復して、今に至っている。 朝晩、炭のような粉を水にとかして飲ませ始めて1年になる。 だが、最近ずいぶんと肉が落ちたように思う。 どちらかと云えば食い意地が張っていたのに、近頃はぺちゃぺちゃ舐めるばかりで、皿の中身は一向に減らない。 スープ仕立ての缶詰なら食べやすかろうと、あれこれ買い込んで来てはお皿にあけるのだが、喜んだのは初めの数日だけ。 今では、らーちゃんの食べ残しを狙って、後ろに列ができる。 らーちゃんが自分でお皿を離れるまで、じっと順番待ちをするその他大勢の姿は微笑ましいが、長時間かかってもレトルトパックの四分の一くらいしか食べないらーちゃんには、悲しくなる。 昨日は万策尽き果てて、新しく買ったドライフードをあげたのだが、歯の弱いらーちゃんが喜ぶはずもない。 と思ったのが誤りだった。あっと云う間に、小袋一袋分を平らげた。 私が心配し過ぎているのだろうか。 おばあちゃんに日中の様子を聞けば、食べてると思うけどね、と曖昧な返事だが、とりわけ気にかける様子でもない。 それでも、毛並は他の子と比べればパサ付きがちだ。 一年前に、カウントダウンを始めて久しいが、残された時間をどう過ごさせてあげたら良いのか、考える毎日が続く。 |
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| 2008/4/21 | 我が家の砂利敷の車庫に、スミレが自生している。 道路から入ってすぐの、土らしい土も見当たらない、そんな所に一輪のスミレが咲いたのが3、4年前。 細い茎の先にはかな気な薄紫の花をつけるスミレの、思いも寄らない逞しさは、まさに衝撃的だった。 年々株が増え、スミレのパッチワークを楽しんでいたのだが、今年は3月になっても葉すら見えなかった。 昨年の夏、スミレと隣合わせる位置に、これまたこの上なく逞しい植物(こちらは背丈ほどにもなる、見かけも逞しい植物なのだが)がピンクの花をぎっしりと付けていた。 さすがのスミレも勢力争いに破れたか、と諦めかけていた頃、スミレと思われる葉が伸び始めた。 半信半疑で眺めるうちに、恐ろしい程の勢いで葉が茂り、見覚えのある蕾が付き、あっという間に花開いた。 厳しかった冬に、少しだけ長く冬眠をしていたのだろう。 スミレの他、ポピーやたんぼぼなど、自生する植物が与えてくれる開花の喜びは、一入だ。 可憐な見かけを真似るのは無理でも、その逞しさは持ちたいと思う。 ![]() |
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| 2008/4/14 | 4月10日のトップページでお願いいたしました『北京の猫大虐殺』に抗議する署名運動につきましては、皆様のご協力をいただき、本当にありがとうございました。お陰様で、10日時点では1,000名あまりの署名が、只今現在、4,000に近づいております。発起人の方は、第一便を中国大使館に提出したとのこと。署名運動は、6月30日まで続けられ、目標は20万名ですので、まだまだ頑張らなければなりません。皆様も引き続き、猫つながりを初めとするネットワークで、中国の悲惨な状況をお知らせいただき、署名活動を広めてくださいますよう、お願い申し上げます。 私が個人的にメールを送付した方々からは、ご自身のHPやブログでの告知、ご友人へのメールの送付、またマスコミへの投稿等、多方面への働き掛けをしてくださった、とのお返事をいただきました。 中国での猫の無差別捕獲・殺処分の現状は、まだまだ知られておりません。皆さんの一つのアクションを通して、本件が万人の知るところとなり、国際世論として、中国に強く訴えることができるものと信じております。 先の犬の大虐殺も国際世論によって中止されました。皆様の更なるご協力を、重ねてお願い申し上げます。
http://www.shomei.tv/project-10.html この写真の出典でもある記事は、下記でご覧いただけます。 また、海外の署名サイトはこちらです。 http://www.thepetitionsite.com/1/stop-the-beijing-olympics-cat-massacre |
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| 2008/4/6 | クーちゃんは、居間のお父さんの椅子と壁の間の僅かな隙間に、自分の陣地を作っている。 椅子の背もたれの上に、ポケットテッシュを入れた箱が置いてあるのだが、クーちゃんは、そこから陣地にポケットティッシュを上手に落とす。 そして袋を破いて中身を出し、ふかふかのベッドを作り上げているのだ。 昨年末の大掃除の時に、その出来映えに感心しながらも、すっかり片付けてしまったのだが、クーちゃんはめげずに、再度ベッドをこしらえた。 ところが、最近、その大事な陣地を脅かす輩がいる。 最初に入り込んだのは、トンちゃんだった。 入ったは良いが、狭い隙間から這い出すことができず、途中で引っかかってもがいていた。 椅子をずらして救出したのだが、重い椅子をそのままにしてしまったのがまずかった。 小振りなモナコがらくらく出入りするばかりか、メタボ体型のシマまでもが、たびたび侵入するようになった。 家で一番大きな皮の椅子で、ぬーちゃんとトンちゃんに挟まれて一日の大半を過ごすようになったクーちゃんは、陣地の監視がおろそかになっていたのだが、そうそう他人に出入りされては黙っていられない。 お父さんの椅子の背もたれから、じっと陣地を覗き込む。 その心配そうな顔つきに、一緒に覗いてみると、平らに何重にも敷き詰めてあったティッシュは隅っこに山のように盛り上がり、何とも無惨な状態だった。 クーちゃんは、他の猫の目の前で、これ見よがしに出入りしていたわけではないのに、陣地の存在に気付かれるとは。 猫は無関心を装いながらも、他の動静はしっかりと把握しているらしい。 陣地は改修されるのか、そのまま放棄されるのか。 クーちゃん、どうする? |
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| 2008/3/29 | 絶好のお花見日和の週末となった。 桜の名所は、お花見の宴で賑わっていることだろう。 事務所も、バルコニーに続くドアを開け放しておくことが多くなった。 パソコンに向いながら、何となく視線を感じて振り向くと、ズレータと目が合った。 いつの間にかドアから中に入り、私の横のサイドテーブルの下に座り込んでいたのだ。 寒い間は、ドアは閉め切りだったし、ズレータもねぐらで丸くなっていたのだろう。 春はいい。春は嬉しい。 neco家でも、冬の間中、自然冷蔵物置と化していたウッドデッキで、猫たちが遊ぶようになった。 猫の額ほどの庭には、デイジーが今を盛りに咲き競い、アジサイが刻々と葉を伸ばす。 昨年植えたイチゴも可憐な花をつけ、毎朝ハーネスを着けたぬーちゃんと、一つ、二つと数を数える。 春はいい、春は嬉しい。 |
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| 2008/3/22 | 昨日、ムツゴロウ先生こと畑正憲氏の個展を拝見に、本当に久しぶりに銀座に出掛けた。 イトシアが完成して初めての銀座。有楽町の駅からいきなりプランタンまで見通せてしまって、びっくり。 週日でもあり、午前中一杯、雨模様だったからなのだろうが、銀座は閑散としていた。 混み合う銀座もいただけないが、閑散とした銀座もやはり寂しい。 好景気が庶民レベルに行き渡る前に、不景気が蔓延してしまったのかと不安にもなる。 エルメス、コーチ、マックスマーラなどなど、ドアマンが控える高級ブティークの前を足早に抜けて、目指すギャラリーへ。 そこは、ビルとビルの隙間を回り込んだところに入口のある、マッチ箱ほどのギャラリーだった。 5mと離れていない通りの華やかさとは無縁な、質素な小っぽけな空間……だが、そこには色彩と命が息づいていた。 畑氏が自由に描く動物たち……その中に "Good Bye" と題された一点があった。 明るい緑の中に描き出されたカラフルな顔、ゴリラだろうか、オランウータンだろうか、その一点を眼にして、図らずも涙があふれた。 ギャラリーの方の話しでは、撮影隊が引上げるときに顔を出してくれた時の絵だそうだが、その Good Bye がもっと多くを語っているように思われた。 出品されている作品の80%以上がすでに売約済み。猫の絵も何点かあったが、私は、すでに行き先の決まっている Good Bye の前から離れられずにいた。 |
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| 2008/3/16 | 料理のレシピから、鉢植えの花の手入れの仕方、言葉の意味から専門的な調べものまで、インターネットはありがたい存在だ。 海外との通信は、メールオンリー。時差がかえって幸いして、終業前に送信しておけば、翌朝返事が入っている。 ネットやメールが不通になったら一日を棒に振ってしまうほど。 とは云え、毎日入る迷惑メールは1000通に及ぶ。 ほとんどが海外のものだが、大学のディプロマ取得の案内から、処方薬の販売、ブランドのスーパーコピーの大バーゲン…… 消すだけでもおびただしい時間がかかる。 ネットについては、国内外を問わず居ながらにして欲しいものが手に入る反面、出掛けなければ見ることがないものが大量に目に入り、あれも欲しい、これも欲しいと、毎日物欲をかき立てる。 買うか買わずか、考えるのに疲れ果て、買っても買わなくても、ちょっとした後悔が残る。 この辺りで本当に必要なものは何かを取捨選択し、それぞれに膨大にある選択肢の中から一つを選び出す基準をしっかりと持たなければならない。 今の私は、じゃぶじゃぶと血税を浪費する道路特定財源のようなものだ。 反省、反省。 |
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| 2008/3/8 | この2週間ですっかり春になりました。 気付けばご近所の梅は満開。これまで、あまりの寒さにうつむき加減に歩いていたのでしょう、一輪、二輪と花がほころび始めたのも目に入らなかっただけに、満開の枝々は一際眩しく感じられます。 3月3日は雛祭り。日々忙しさに流されていますが、母が作るちらし寿司が季節の節目を教えてくれました。このちらし寿司、自慢の一品で、器にちなんで大名ちらしと呼んでいます。これだけで30品目カバーできるほど、具沢山です。
外猫さんも何とか冬を越し、食後にのんびりと身繕いするようになりました。これまで食べ終わるとそそくさと寝床に戻っていたのに……。 |
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| 2008/2/24 | クーちゃんが身につけたバンデージの洋服を怖がったのは、トンちゃんばかりではなかった。 レオナも異常を感じるのか、2階から下りてこようとしない。 病院で人恋しい数日を過ごしたクーちゃんにとって、周囲に漂う空々しい空気は堪えただろう。 救世主となったのは、ぬーちゃんだった。 それまで、ぬーちゃんの巨漢に多少怯えていたクーちゃんだったが、極上の大きな毛布のようなぬーちゃんにくるまれると、ようやく安心して目を閉じた。 以来片時もぬーちゃんから離れようとしないクーちゃんを、トンちゃんは苦々しい眼で眺める。 ぬーちゃんは、トンちゃんにとっても大切な毛布だったのだから。 暴れん坊のクーちゃんだが、ほどけた結び目を一度結び直してからは、バンデージを嫌がりもせず、22日までちゃんと身につけていた。 いよいよ抜糸の日。 朝は、捕り物の再現となった。逃げ回るクーちゃんを追い掛け、追い詰め、バスタオルを被せて洗濯ネットへ。 ところが、そのとき、痛めた爪をまた引っ掛けてしまった。 外科用ボンドで止めてあった爪が肉から剥がれ、出血。 避妊手術の痕はきれいなものだったが、翌日、爪と組織を一緒に切除することになった。 新年とともに猫風邪に冒され、避妊手術の退院の日に生爪を剥ぎ、結局爪を組織ごと切り取らなければならない。 災難続きだ。 バンデージを取って帰宅すると、トンちゃんはようやく納得したのか、さっそくクーちゃんと遊び始めた。 レオナも階下に下りて来る。 ハンデージひとつがこれほどみんなに影響を与えるとは……。 そして昨日、再び捕り物を繰り返し、爪と組織の切除をした。 夕方には帰宅し、ようやく一件落着なのだが、2日続けての捕り物に、朝は危険と感じたのか、今朝クーちゃんは、私が出勤するまで身を潜めていた。 |
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| 2008/2/17 | 2月12日に、クーちゃんの避妊手術の予約が入れてある。朝食を食べさせずに病院に連れて行かなければならない。朝起きるとすぐに10以上も並べてあるお皿を片付けた。クーちゃんをキャリーに入れるまでは、みんなも食べずに我慢、我慢。 クーちゃんは、眠っているか、トンちゃんに抱っこしている時にしか捕まえられないから、こちらはそのチャンスを待つしかない。 だが、体の動きも頭の巡りも並外れて速いクーちゃんのこと、一向に出てこない朝ご飯に、早くも異変を感じ取った。目が合うたびに、さっと身を隠す。こんなときは無視を続けるに限るのだが、「早く眠ってよ」と胸の内で繰り返すこちらの気は伝わってしまうらしく、警戒を解く様子もない。 根比べに負けて、山盛りのご飯皿をいっぱい並べた。先生には手術延期をお願いするしかない。 だが、延期をしてもまた同じことの繰り返し。食事をしてもいいから、連れて来るよう言われて、さらに待つこと2時間。ようやく眠ったクーちゃんを洗濯ネットに捕獲。やれやれ。 本来ならば翌日には退院できるのだが、稀に見る暴れん坊とあっては、傷口が開く恐れがある。4日入院させていただくことにして、病院を後にした。 そして、今日、退院できるかどうか判らないまま私は出勤。お婆ちゃんからの電話でクーちゃんが家に戻ったことを知った。クーちゃんは、大好きなトンちゃんに抱っこしてもらうのをどれほど楽しみにしていたことだろう。だが、当のトンちゃんは、あれほどクーちゃんの不在を訴えていたというのに、近寄るクーちゃんを猫パンチで寄せ付けずにいるという。落ち着かないクーちゃんは、家中を駆け回り、首回りのバンデージの結び目がほどけてきたらしい。このままでは、バンデージが脱げて、手術の痕が剥き出しになってしまう、とおばあちゃんはオロオロ。こちらも会社に居ては、どうすることもできない。 |
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| 2008/2/10 | 我が家にネズミがいる? まさかねえ。 じゃあ、天井裏のあのドタバタは何? と、天井を見上げる私たちの頭に、上から花瓶の木箱が落ちてきた。 ビックリして見回すと、天袋に猫陰が……他ならぬクーちゃんだった。 慌てて天袋の中を覗くと、天井板がずれていた。 ネズミの正体は猫、という訳だ。 犯人探しは簡単だった。天井裏に積もった埃を体中にくっつけて、お腹と足が真っ黒なのだ。 クーちゃんを筆頭に、モナコ、コエリ、シマ、レオナの4姉弟。 意外だったのは、この面々にゴンちゃんが加わっていたこと。 天袋から顔を出す犯人たちの目は、一様に爛々と輝いている。 天井裏大運動会開催中は、コエリとクーちゃんも休戦協定を結んでいるのだろうか。 天井裏には電気の配線が通っている。爪でもひっかけてショートしては大変だ。 せっかく見つけた秘密の場所だろうが、襖に楔を噛ませて閉鎖した。 やれやれ…… |
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| 2008/2/1 | 皆様にはご心配をお掛けしましたが、外猫のホワイトソックスは、ほぼ自力で風邪を治してしまいました。食欲も戻り、一回り小さくなった顔を回復せんと、毎度猛烈な勢いで食べています。
さて、今日、写真家の前田義昭氏よりメールをいただきました。 |
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| 2008/1/20 | このところ、会社の外猫さんたちの集りが悪い。 みぞれまじりの雨が降っても、律儀に待っていてくれるのは、タマだけだ。 ご飯皿を並べてドライフードを入れる音がすると、慌てて起きてくるのがあっちゃんとズレータ。あまりの寒さに寝床を離れられずにいるのだろう。 ホワイトソックスに至っては、呼んで、呼んで、ようやく姿を現す始末。缶詰だけをかき込むように食べて、逃げ帰る。数日前は、2日ほどまったく姿を見せない日もあった。お正月休みの間に何かあったのだろうか、と心配していたのだが、その原因がはっきりした。 昨日、遅ればせながらやって来たホワイトソックスは、いきなりゴホンゴホンと咳き込んだ。顔は精彩がなく、心なしかやつれた感じがする。鼻水こそ垂らしていないが、どうやら風邪を引いてしまったようだ。本当は寝込んでいたいところなのだろうが、飲まず喰わずでいては治るものも治らない、と本能が教えているのか、喉ごしの良い缶詰を流し込むように食べた。何日か前から比べると、食べる量は増えたから、こちらが気付く前に峠を越えたのかもしれない。このところの寒さに、熱っぽい体を横たえていたホワイトソックス……どんなに辛かったろう。 今朝は、クーちゃんがいただいたお薬、セフゾンを持参した。最初に処方されたノイチームとタリビットは、今回の風邪には効き目が実感できなかったが、セフゾンは目に見えて効いた。ご飯に混ぜれば、食べてくれるだろう。 今朝も待っていてくれたのはタマだけ。往来の掃き掃除をする私を、大声で呼んでいる。だが、その声はざらついている。風邪が移った? 「ホワイトソックスー、おはよう」 フェンスの隙間に向かって声を掛けると、今日はすぐにやって来た。相変わらず咳き込んでいる。風邪に間違いない。 手早くセフゾンを猫缶に混ぜ、ホワイトソックスとタマに分ける。二匹とも薬に気付いた風もなく、缶詰を平らげた。ホワイトソックスは、ドライフードもそこそこ食べたから、食欲は戻ってきたのだろう。このまま快方に向かってくれることを祈るばかりだ。 お正月は、我が家の猫の風邪に振り回され、今度は外猫さん。そして夕べは私も風邪でノックダウン。今年は、風邪との闘いになりそうだ。 |
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2008/1/13
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東京は、お天気にも恵まれ、穏やかなお正月でしたが、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。 出だしからこれでは、と先々がますます不安になりますが、この忙しさの中で、時間の使い方が少し上手になったようにも思います。悔いることのない密度の濃い時間を過ごして、『猫三昧』をもっと元気にしてまいります。皆様、温かい目で見守ってくださいね。 |