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ノラや

1980年3月10日 初版発行
2002年2月15日 改定3刷発行
著者:内田百けん
発行所:中央公論新社
定価:724円(税別)
ISBN4-12-202784-5

野良猫親子が百けん先生の庭先にやってきた。母猫は百けん先生に子供を委ねるように姿を消す。残された子猫に、最初は軒下でご飯をあげるだけだったが、物置きに寝床をこしらえ、風邪をひけば親身に看病し、やがて家に招き入れて共に暮らすようになる。その子猫の名は『ノラ』。その『ノラ』が春うららのある日、姿を消してしまう。百けん先生は謹厳で、つむじ曲りで、あまのじゃく。そんな百けん大先生が、『ノラ』を思い、くる日もくる日も涙に明け暮れ、風呂にも入らず顔も洗わず、げっそり痩せ細っていく。「迷猫」の新聞広告を打ち、幾度となく折込チラシを配付し、連絡があれば昼夜を問わず駆け付ける。そんな日々が日記のように綴られていく。

『ノラ』と入れ違うように、尻尾を除いて『ノラ』と瓜二つの猫が庭にやってくる。いつの間にやら家に上がり込んだこの猫は『クルツ』。『ノラ』の伝言を伝えに来たのではと思い、『ノラ』を探しながらも『クルツ』との暮らしが始まる。そして6年、病に倒れた『クルツ』に連日往診をお願いし、寝ずの看病を続ける。その甲斐なく逝ってしまった『クルツ』。時が経っても、百けん先生の耳には『クルツ』の鈴の音が聞こえる。

昭和31年から45年にかけて、月刊「小説新潮」に「百鬼園随筆」というタイトルで発表された作品をまとめたこの一冊は、このサイトの訪問者にとってはかけがえのない一冊となるに違いない。

旧仮名遣いで綴られた昭和30年代の東京の風情、何のてらいもなく素直に描き出された百けん先生の心情は、皆さんの胸の中で、もの悲しくもあたたかく、そして澄んだ音色で共鳴するだろう。

「そもそも私は猫好きと云ふ一般の部類には這入らないだらうと思ふ」と言う百けん先生。いつだったか、私も「猫がお好きですか?」と聞かれて、にわかに返事に窮したことを思い出した。

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