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猫怪々

2011年6月30日 初版発行
著者:村松友?
発行所:株式会社河出書房新社
ISBN978-4-309-02045-7
C0095

 

愛猫家が村松友?氏の名を聞けば、すぐに『アブサン』を思い浮かべることだろう。氏は、21年の歳月を共に生き、最期を看取った愛猫アブサンをテーマに、『アブサン物語』『帰ってきたアブサン』『アブサンの置土産』の三部作を書き上げている。このように書くと、この三部作は当然、読み終えているように聞こえるだろうが、『アブサン物語』はおそらく積ん読の山の中に埋もれているのだと思う。気になる本があれば、すぐに買い求めるものの、買ったそばから読む本と、なぜか積ん読になるものとがある。不思議な縁のなせる業だろうか。そんな中、書店で目に飛び込んだ本書は、積ん読の山に埋もれずに、毎朝の短い読書タイムを豊かにしてくれた。

アブサン亡き後、どうしてもアブサンの面影を重ねてしまうであろうことを避けるように、再び猫を家猫として迎え入れることのない村松家だが、その庭には個性豊かな猫たちが食客としてやって来る。近所の飼い猫であったり、外猫と呼ばれる猫であったり、より野性味の強い野良であったり……。彼らは、村松家の庭という縄張りを、それぞれの気質や力量に照らして、旨く棲み分けていく。その描写が何とも味わい深い。外猫たちと縁を繋ぐ者ならば、うんうん、そうそう、と頷くこと頻りだが、我々が日頃目にする光景も、村松氏の筆にかかれば、これほど豊かになるものか、と感嘆するばかりだ。登場する猫たちに、歌舞伎や落語、時代劇、オペラなどの役柄を透かし見るのだが、お陰で猫たちの個性は、一層生き生きとした輝きを放し、読者も村松氏のイマジネーションの広がりに遊ぶことができる。

入れ替わり立ち代わりやって来る食客の中で、タイトル・ロールとなったのがケンさんだが、喧嘩三昧、極道野良でありながら、美形。誰をなぞらえての命名かは、すぐにお判りだろう。野良として、極道としての生き方の背骨をしっかりと持ち、無常観を漂わせるケンさんの魅力は、受け身でしか接することのできないこちらの切なさに増幅される。圧倒的な権勢を誇っていたケンさんが、寄る年波にもまれ、ふと見せる弱さ、その弱さを飲み込むように自分自身を立て直していく……男の美学の結晶なような姿がそこにある。
ケンさんについての村松氏の締めくくり方は、外猫たちとの一期一会を繰り返す者には、その胸中が手に取るように解る、解り過ぎる程解るのである。

ふと、思う。私の背骨はどこにあるのか……と。


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