拡大画像
★★★★

映画はネコである
はじめてのシネマ・スタディーズ

2011年4月15日 初版第1刷
著者:宮尾大輔
発行所:株式会社平凡社
ISBN978-4-582-85579-1
C0274

猫は、私たちの心と時間を豊かにしてくれるが、特筆すべきは、猫が極めて有能な水先案内人であるということだ。愛猫家は、『猫』というキーワードに敏感に反応する。猫の付いたポストカードを一枚買ったら最後、そう遠からぬ時期に身の回りの物はすべて猫モチーフに変わっていることだろう。壁の絵画も、キュリオ・ケースも猫もので埋め尽くされる。書棚の本もそうだ。タイトルや表紙画に猫の登場する本がずらりと並び、さして読書家でもなかったはずが、書棚に入り切らない猫本がうずたかく積まれる。これだけではない。愛猫家は、『猫』と聞けば、興味は尽きず、恐ろしい集中力を発揮して、向学心に燃える。手にした一つの猫の焼き物は、私達を陶芸評論家にまで育てるし、一枚の猫の絵は、私達に美術史を滔々と語る蘊蓄を与える。私達はただ猫を楽しんでいたはずが、知らず知らずにそれぞれの世界の奥深くまで潜入してしまうのだ。これは何も『猫』に限ったことではないかもしれない。大好きな物が一つありさえすれば、それを入り口に未知の世界の扉が次々に開かれるのだろう。ただ、幸いなるかな、猫は猫自身の好奇心の強さのせいか、その守備範囲は恐ろしく広く、「どこでもドア」さながらに、およそ考えつくあらゆる世界に私達をいざなってくれる。

前置きが長くなったが、本書もそのドアの一つで、タイトルの『ネコ』につられて読めば、いつの間にやらシネマ・スタディーの入門編をマスターすることになる。もし、「映画を見るなら、基本的な映画学は心得ておかないとね」と言われたとしよう。「映画は楽しく見られればいいんじゃないの。こちらは観客なんだから。理屈だの、理論だの、分析だの、そんなのは専門家にまかせておけば」と答えるだろう。ところが、この本に出会ってしまって、猫の策略にまんまと引っ掛かり、ふむふむ、なーるほど、と読み進めていくと、最後のページを閉じた時には、これまでとは全く違う映画を見る目が養われている。フレーミング、ライティング、エディティング、といったスタイルやテクニックから、主立った理論、映画史まで、一通り頭に入ってしまう。取り上げられているのが猫の登場する映画ばかりで、解説も猫に引き寄せて語られているから、こちらの集中力も理解力も最大限に発揮され、入門編は理想的な効果を上げて終了する。そして、入門編の続きへと手を伸ばしたくなる。

今夜の映画は、いままでの何倍もの目で見ることになりそうだ。


HOME > 猫本 >映画はネコである はじめてのシネマ・スタディーズ